封建的・イライラの根底にあるもの~恨みが敬愛に変わるとき~

封建的・イライラの根底にあるもの

親からされてきたことが許せなかったり、親からされて嫌だったことなのに我が子にしている自分が嫌だったり、親子関係の悩みは本当に多いです。

「恨む心を持つことが苦しい。どうしたら親を許すことができますか?」

という質問を受けることもよくありますし、

「心を学ぶことで、更に親を恨むことに繋がりませんか?」

という質問をいただくこともあります。

そう。
親子関係で悩む人の多くは、親を許し受け入れたいんです。

そうすることで、縛られた心が解放できると知っているからかもしれません。

許すことで心の鎖がなくなる

許すとは受け入れること。(受容)
親を受容するためには、まず親を理解することからスタートします。

親に対して恨みがある場合は特に、理解したいとも思えないかもしれません。

でもね、自分の心の平和のために、自分の自由な未来のために理解をして欲しいのです。

何故、親はそういう態度しかとれなかったのか。

何故、自分が求める愛を与えることが出来なかったのか。

親自身がどんな環境で育ち、どんな苦しみを持ち、その中で自分の心が壊れないためにどんなルールを作り、そのルールの中でどれだけ努力と我慢をしてきたのか。

その努力は親の心を縛り、抑圧し、苦しかっただろうに…。
しかし、その努力なしには居場所がなかったんだと思うの。

努力はいつしか大きな価値観となり、他者へとベクトルが向きます。

ベクトルを向けられる相手は、主に心を許せれる人。

そう、我が子なんです。

親は我が子なら自分の心を表せる。
それは、他には見せられない心を受け入れてもらえるという根拠のない「信」があるからかもしれません。

子どもは本能的に親から離れていけないし、親も子どもには見捨てられないと本能として信じることができる。
だから、封建的な態度で今までの努力と苦労と抑圧してきた心をさらけ出すことができる。

今までの苦しみを伝えられる相手は我が子だけだった。

先にも書きました。
今までの努力と苦労と抑圧は、自分の心が壊れないように作ったルールが土台にあります。
ようは、お守りです。

居場所確保のための価値観であり、お守り。
生きていくための大切な価値観(お守り)です。

そのお守りを大切な子どもに受け渡す。
本能として。

正論で捉えたら歪んでるかもしれませんが、確実に愛なんです。

マザーテレサの有名な言葉にもありますね。

「愛の反対は無関心」

封建的な言動は、もしかしたら間違っているのかもしれません。

でもね、無関心ではない=愛がなかったわけではなかった。

それは欲しい愛ではなかったかもしれない。けれど、やはりエネルギー(愛)は注がれていたんです。

親の人生を理解し、受け入れたとき、許しとなり、心の鎖が解き放たれ自由になれます。

もし、理解しても許せない場合、それは許すことで、自分の苦しみをなかったことにされるような悔しさがあるからかもしれません。

許さないこと(恨みの度合い)が自分の苦しみを表す指標になっているかも。

その場合、自分の苦しみを理解してくれる人の存在が救いとなるはずです。

 

抜け出せたとき、理解できる

今、親の呪縛で苦しんでいる渦中の方には、上記が理解しがたいと思います。

私のところには、

・親を許せないことから起きる悩み。

・自分が子供にする言動の罪悪感からくる悩み。

両者の相談が入ります。

私自身も両者として悩んだ一人です。

どちらにしても、他者(親)理解⇒他者受容、自己理解⇒自己受容をし、許すことで、心の苦しみから解放されると共に、自分の言動が変わっていきます。

すると、不思議なことに相手の言動も変わり、プラスの循環が始まります。

怖い父ちゃんや怖い母ちゃんで、もしかしたら、そのエネルギーは自分にとってマイナスだったと感じるかもしれない。
でもね、そのエネルギーはその人の弱さであり、苦しみであり、今まで努力してきた証しであり、愛であり、信である。

それを理解し受容できたとき、苦しみは敬愛に変化すると感じます。

今は見えないかもしれないけれど、欲しい愛も与えられていたことに気付ける日がきっときます。